和からしの歴史は古く、大日本古文書(739年) 延喜式(平安時代の法典/納税の記録 927年) などに芥子(→けし、と同字)の記述が見られます。 奈良時代から香辛料として朝廷・貴族の間で使われましたが、鎌倉時代まではカラシ菜の葉をそのまま薬味として使っただけで種子は使われませんでした。 1489年の四条流庖丁書で初めて実芥子が記述されています。
また、僧侶の供養料として使われたり、病気の治癒や戦乱の平治などを祈願する際、芥子を7回火中に投じる護摩焚(ごまた)きの修法を芥子焼(けしやき)といっていることから、神仏宗教にも深く関わっていたようです。また、辛子の葉は「からし菜」として漬物に利用されています。
有史以前からレバノン近辺で栽培され、エジプトや中国に伝わりました。エジプトでは種子を砕いて現在の粗びき胡椒のような使い方をしたようですが、ギリシアではすりつぶして使用。 ローマでは蜂蜜や酢でのばして肉用のソースに入れたり、 塩漬けの鮪(まぐろ)と混ぜ合わせたり、と早くもスパイス(香辛料)として現在と同じような使い方をしていました。
中世にはカトリック教会の神父がマスタード調合の品評会を開くなど、 貴族・教会など富裕層の間ではベーシックな香辛料としての地位を確立。 しかし一般には普及せずに、薬用として湿布薬に使われていました。一般的に香辛料として普及したのは意外に新しく、17世紀のフランスで油を絞ってから製粉する方法が考案され、 1720年にイギリスのクレメンツ夫人がきめ細かく黄色の粉末に加工する技術を完成させました。粉末化がスパイス(香辛料)として広く普及するきっかけとなったのです。
からしには2種類あり、和からしと洋からしでは辛味の主成分が違い風味や辛さも異なります。
和からし・黒からし・・・アリール辛子油
洋からし・白からし・・・パラハイドロオキシベンジル辛子油
これらは種子や乾燥粉末の状態ではそれぞれシニグリン・シナルビンという配糖体の形で存在し、香りや辛味がありません。この点が他の香辛料と大きく異なります。 これらに水を加えるとミロシナーゼという酵素の働きで糖分が分離し、辛味成分を含んだ精油が生成されます。含有量は0.5〜1%程度。